心屋(ゆっくりと自分らしく)

その時々に自分が興味を持った事を取り上げます。息抜きにどうぞ

世の中に廻らない物はない

バーのような並びの空間3


いや〜何ですな〜五月もおわります。もう梅雨の季節と

なります。そうは言っても五月も結構雨が降ったような

気がします。五月は最後に27日だっけ記事を書いて

保存を忘れていて更新させてなかった日が有りました。

次の日に気が付いたのですが、さして思い出す様な

内容でなかった気がしてそのままにしております。

世の中に廻らない物は無い、だって地球は何時も

廻っているものって言うのが答えなのですが、

廻ると書くとそのままですが巡ると少し変えると

意味も違って来ますね。全ては巡る。

情けは人の為ならずというのもこの巡るです。

子どもの頃は情けをかけるとその人の為にならないと

間違って憶えていましたが、若者になる頃にようやく

人に情けをかけていてもそれは巡り巡って自分の所に

帰って来るもんでありそれは人の為ではない

情けをかけると言う行為そのものが、自分の心を養い

自分自身をを救う事になると言う意味を知る事になり

なるほど深い言葉なんだなと

先人の知恵を知りました。

なあ、酒は人の為ならず。。飲み過ぎ注意?

なあ、鮭は人の為ならず。。熊の食料を奪うな?

なあ、禿は人の為ならず。。。。。何でこれほど気になるかね。。。

さあ、六月は生まれた月なのでまた元気もでるぞい

何故か休日がないけれど。。。。今年は父の日と誕生日が

一度でお得。。。てえい、忘れず保存ポチッ!
このページのトップへ

ほら見えて来る

時計の変化1


ほら、その手に何か書いて有る

何時かの日の為に昔君が用意していた言葉

大丈夫、勇気を持って

その言葉が君を裏切らない

二枚の鏡に挟まれた様に重なった自分の姿は

もう鏡の中でもひとつに見えて

ふわふわ浮かんでいる様な事も無い

回りに誰もいなかった風景は変わり始めて

だんだんとはっきり見えて来る

ほら、見えて来る、皆、君を待っているよ

動けなかった君が歩き始めたのを知っている

もう君に手を差し伸べる事はないけれど

安心して微笑んでいるし、一緒に歩こうと

このページのトップへ

君に気付けば

果てない所3


有る時、ふと気が付く、そのままで良いんだって

誰にも許されなくても、ここに居る事が良いんだって

何時も旅立てなくっても、何時も動けなくても

何時も止まれなくても、それで良いんだって

手の上には見えない何かが、ほら、また産まれて来る

空っぽな自分と思っていた内側から離れるから

比べる他人はもう要らない、ここに居るのは

本物の自分だって気が付いたから

泣きたい時に泣く、笑いたい時に笑う

何時も本当の自分だから、人と比べる必要はないから

もう心配要らない、ここに本当の自分がいるから

何時もいつでも抱きしめられる

もう、大丈夫、大丈夫

だってもう誰でも愛せるから
このページのトップへ

歩き始めて

時計の動き1


何時からか解らないけれど、気が付くと

一人で歩き始めていた、だってもう若者と

呼ばれる歳だったから、当たり前なんだ

でも、それから、まさか、迷子になるなんて

気が付くと同じ場所に何度も戻っている

その度に景色は少し色濃く確かになって

始めて見た時よりもしっかり見えて来て

同じ場所に戻って来ていると気が付く

歩き始めたここに何が有る

何時も何かを求めて出発したはずなのに

何かになろうとして、何かを知ろうとして

大切な物を得る為に彷徨い

何時も戻って来るこの場所に何が有る

誰かがここで待っているから

そう、ここに置き去りにして旅立った

何時かの自分がここで待っている

「お帰り」

いつも迎えてくれる君を見つめるのが

恐かったけれど、段々と景色がはっきりして

何度も迎えてもらう度に

解った事が有る

もう一度出かけて来るけれど

今度帰ったら君としっかり話しをしよう
このページのトップへ

何処かの所へ

果てない所


荷物は何も無いから、いつでも、どこでも

決めたら出かけられるはず、きっと、そう

気持ちの中は 何時も真っ白だから

これから素晴らしい何かに染まるはず

新しい事や 楽しい事に 出会えるはず

それなのに、何時までもここで、待っている

ここにいると 気が付いて、気が付いて

ここに居る事に 気が付いて 貰わないと

行ってきます も さよなら も言えないから

荷物は要らないけれど、いつかお帰りの言葉が

ほんの少しの勇気が、大丈夫だって

ここにいても、どこにいても、ひとりぼっちは

知っているから
このページのトップへ

脱石油と未来と過去

時空のゆがみ


石油が世界に広がり始めるきっかけとなったのが

19世紀後半アメリカで油田が掘られて量産されて

からでその後ドイツで内燃機関が発明された事で

石油の広がりが本格化して行く、動力源としての

消費が20世紀前半まで続きその後20世紀後半から

工業製品の素材として使われるようになり使用される

範囲が広がり消費量も伸びてくる、その後の経済の

成長により世界を動かす基本エネルギー素材となった

こう考えると、19世紀前半以前はまったく人類は

石油に依存する事無く生活して来た訳でその年月は

かなり長いし、その人口の増加率も非常に緩やかだ。

つまり、石油が人口を飛躍的に膨張させた一種の

膨張剤である事に間違いない。


問題はこれからなのだけれど、一度膨張を始めた人類は

その膨張を止めることは相当の時間が必要だろう

それが上手く止まるかさえも確かとは言えない

時間が必要なのだ、問題はその膨大な人類を支える

石油に変わる物が必要な事、少なくとも人類が半減するまで

人類を維持する方法を石油に変わる物を産み出す必要がある。

地中に有った炭素が地上に増大して人類を滅ぼす前に

少なくとも20世紀前半の所まで地上にある炭素量を

減らす必要がある、同じく人口もその頃まで戻る

必要が有るかもしれない。それが人類の英知と呼べるか

どうかは解らないのだけれど、少なくとも有史以来と

同じ年数の未来を望むならば人類の意志として

無意識下に共有される事になるだろう。


驚いた事に人は酸素を吸い二酸化炭

世界中の人が吐き出すその量は世界の削減目標に

そのまま当てはめると2050年にどの位の人口で

有るべきかなんて考える指導者はどこにも

見当たらない。


サミットで皆はどう考えるのだろうか?

膨張する人類が消費する炭素が問題なのだ。
このページのトップへ

先日のドバイタワーの放送

記憶の欠片


先日NHKで中東のドバイで建築中のブルジュドバイ

という高層ビル番組があった。沢山のインドからの

出稼ぎ労働者バングラデェシュの人もいた様な

人口の半分が出稼ぎ労働者の街に、本当の砂漠の中に

突然と現れる大都会の高層ビルと少し離れてのリゾート

別荘地帯、世界の富裕層が買っているらしい庭付きじゃなくて

ヨットハーバー付きの一戸建て、番組中街がバブルで

成り立っているのがありありと見えました。

世界一高いとされるブルジュドバイ完成時は高さ800m

ぐらいらしいけれど、まさに砂上の楼閣、ドバイバブルの

タワーとして歴史に残りそうです。産業も何も無い所に

蜃気楼の様に現れた都市、世界の金融センターにするらしい

けれど、広大な回りの砂漠を緑化して農場を作った方が

良い様な気がするんだけどね。

昔からお金が集まると大きな建物を造りたくなるのか

人間の性かも知れませんね。ドバイタワーも数年後に

高さ1000mの次の建物に抜かれる予定だそうです。

もういっその事高さ1000mのタワー級の建物は

鉛筆の様に不安定に見えるので、横も1000mぐらい有る

正方形で行ってくれると見ていても安心出来るのですが

お金持ちもそこまでお金はないですか?

内容の無い人は外見にどうしても力が入るもの

これも人の性かしら?
このページのトップへ

時間が過ぎて行く

幻


小さな枠の中で動き回る 

水槽のミズスマシの様に

透明な壁に当たらないように

そこに壁が無い様に

太陽が昇る 日が沈む 時が過ぎる

夜の暗闇の壁がそこにある

その壁の前に佇み 静かに休む

時間が過ぎて行く

時間が過ぎて行く

朝な夕に 誰彼に出会い 別れて行く

汗を流し 青空を眺め

今日の成果が積み上がる

この手に残る 今日の重みは

誰の心に残る事無く

時間が過ぎて行く
このページのトップへ

それでさ、

傾きのある風景


その例の車の運転中に思いついた事に、少し前に書いた

ボイストレーニングの様な発声と言葉と精神のコントロール

の話しが有ったはずなんだけれど、書いたかどうかがあやふやで

もしかしたら脳内ブログ更新だったらご免!

で、その名前をまた思いついて「言霊道」ってことに

すっぺいかなと。その中に

「言」(言葉を選ぶ術、相手に伝える内容を十分吟味して
    自分の考えを的確に伝えると共に相手が共感出来る
    表現を絶えず意識する訓練を行なう)

「発」(言葉を発する方法を訓練する、声の抑揚や音色
    その場の雰囲気に合っているか、その場を変える
    力を発する事ができるか、発により自分の心も
    より平静にすることが出来るよう訓練する)

「気」(発を行なう前と行なっている時に自分内の
    精神を自由に操作して、より発に力を与えたり
    力を削いだりする事が出来る様にする)

「表」(体全体の表現から、顔、手、動作など
    発を助け気を充実させ、相手との交流を
    より深める所作を会得する)

取りあえずこんな風に和風に考えたのだけれど、思う以上に

コントロールと言う言葉を使いたくなってしまいますね。

ここからさらに「言」「発」「気」「表」を細分化して

行く訳なんだけれど、どうもこの四つはしっくり来ないな〜

やはり極意は五つあった方が良い様な気もします。

さてもう一つ何を付け加えるのが良いのだろうか?

「滅」と言うのを加えるかな、、内容はこれからまた

考える事に。どうなりますことやら。。。
このページのトップへ

思い出しましたよ、歌と自分史

都会の動き


そうそう、例の車を運転している時に思いついた事に

歌に依る自分史を作るのが結構面白いのではと

そう言うソフトを開発すると結構流行りそうだと

思いませんかね。年ごとに流行っていた曲のデーター

ベースを作ってそれをさらに月ごとまで細分化出来る様に

して、例えば1988年頃に流行った曲に自分のその頃の

行動と思い出その曲に対する思い入れなどを書いて行き

自分の歌の記憶と人生の記憶を重ねて見る

出来ればその頃の写真なども有るとそれもくっ付けて

自分史を作れる様にする。そうして作った自分史は

当然プッチッとクリックすると始めから写真が出て来ると共に

その歌がインターネットのデーターベースから流れて来て

下の方にその歌の歌詞と自分史に書いた事柄や思い出が

流れると言う仕組みです。そうするとね、自分史なのに

昔の彼女の写真が沢山出て来たりして曲も楽しかったり

悲しかったり色々入り乱れて面白いと思うけれど

どうでしょうか?受験勉強していた時には曲数がやたら

多かったりして仕事に就いた時は全然歌の思い出が

少なくなっていたり色々面白い事が起きると思うのだけれどね。

さあ、このアイデアどうよ。曲をインターネット上から

持って来る所が個人で作るには著作権が難しいかも、、、

自分の持っている曲だけでも作れない事も無いけれど

もう一つ曲が少なくて盛り上がらないかもね。
このページのトップへ

久しぶりに政治の動向は

果てない所2


総選挙が出来ない自民党が選挙に向けてあれこれと

小技を出し民主党のしようとする事を真似ながら

自分達が改革を進めると言うアピールをしている様に

見えるこの頃です。年金を消費税方式にして国民

全体から取りこぼし無く取ろうとか言う案を

考えればすぐに厚生族が利権が無くなるので

露骨に反対する、利権に巣食う政治家と官僚の構図は

下手な改革案を出す都度に表面化してしまい

結局自民党末期症状を国民にさらけ出しているに

過ぎない様ですね。参議院が数で否決したのは

おかしいとあれほど言っておきながらすぐその後に

道路特定財源などの法案を衆議院で再可決する

数の横暴を何のてらいも無く行なえる政治家達に

日本の恥という言葉の意味を教えたい。

国の借金が膨大な金額になったので、財源をどうするのか

と口に泡して言う前に、誰がその返せないほどの借金を

作り上げたのか考えて物を言って貰いたい。

これほどになっても今だに特殊法人や天下りを無くす

税の無駄使いを無くすその欠片も実行出来ない政党に

もう誰も期待していないのがまったく読めていない。

国民の多数は選挙を待っている、早く選挙をして貰いたい

この様な腐った構図をいつまでも続ける余裕などなく

エネルギーも食料も医療も年金も今動かないと

後が無い状態になっているのを国民は知っている。
このページのトップへ

曇りスタート午後から雨の予報

バーのような並びの空間5


さて、また月曜日となり仕事タイムの始まりです。

今週は週の前半が崩れて後半は天気になるそうです。

気候が良くなると良いですね、色々な所に人が

出ています。子どもからお年寄りまで何となく元気に

思えて来ます。そろそろサクランボがなる頃で先日

農家の人から一枝頂きました。大変甘く美味しかった。

風の山のドームハウスにはサクランボの木と梨の木

ブルーベリーが今年は沢山実を付けています。

まだ小さくこれからですけれど、サクランボは全て

鳥達の物に梨は大きくなる前に落ちるかカラスか

アリコさんの餌に唯一ブルーベリーだけが何時も

風の口に入って来ます。どの木も植えっぱなしで

面倒を見ないものですから、梨の木は主の幹が枯れて

変な形になりサクランボは幹が別れ放題で広がりまくって

ブルーベリーは順調に大きくなっています。

その他に林檎の木は成長しませんし同じくイチジクの木も

成長が止まっています。柿の木は段々と大きくなっていますが

実をつけるほど力は無く、運が良ければ一つ二つぐらい

梅の木とザクロは完全に成長が止まっています。やはり水やりや

肥料が無いと自然体では生長し難い環境なのかもしれません。

風が忙しいので雑草も生え続けてもの凄い事になってます。

来る五年後ぐらいの食料危機に備えて畑も真面目に作った方が

良いのだけれどね。
このページのトップへ

車の運転と発想

緑の輪


車の運転は緊張感と馴れの繰り返しに依って

意識かと無意識が重なってしている様に

思う。一定の速度で前の車が走っていると

運転者は無意識に自分が最も安全と思う

車間距離を取ろうとするのだが、後ろに

車が来たり、前の車がスピードを変えたり

すると意識的にそれに合わせて最良と思われる

車間距離に変更する。標識や通行人など意識的に

見ている物以外に風景の断片を無意識下に納めて

有る所を通ると有る物を合図にそこを通過した事を

認識する。運転は絶えず意識的に行なっているにも

関わらず無意識下の力に頼っている箇所も多い。

ここからが本題なのだけれど、この意識下と無意識の

繰り返しを行なっていると運転以外の事を考え始め

他の事に気を取られる事もある。よく有る事故の

原因の一つなのだけれど、それと同時にその他の事には

以外と閃いた発想が多く含まれる事が多い。

大抵は運転時には鮮明に憶えているのだけれど

運転を終えて仕事など別の事をしているうちに

段々と忘れてしまう事がほとんどだ。

しかし、中には確りと記憶されている物が有りそれは

かなり良い発想の事がある。

風も言葉と発声と感情のコントロールを合わせた

トータルボイストレーニングと言うのをつい最近

運転中に思いついたのだけれど、一度静かに机上で

考えてそれがどのようになるのか探ってみたいなと

思ったりしている。

運転中の発想は夢の中の発想と似ている様にも思える。

方や睡眠中、方や運転中、危険度は計り知れないが、

起こりうる事なのでよくよく注意が必要だ。

安全運転、運転集中でござる。
このページのトップへ

ツバメ飛ぶ

蜻蛉


ツバメが沢山飛んでいます。昔と同じく低く高く

滑る様にスイスイとよ言う風に書くとその姿を

想像しやすいと思うけれど、ツバメの羽をよく見ると

鎌の様な形で薄くて長い独特の形をしてますね。

まあ、実際は鎌ほど曲がっている訳じゃないけれど

飛んでいる姿をみるとついそう見えます。

ツベメが他の鳥と極端に違うのはあの地上すれすれ

地上10cmとか30cmとかを凄いスピードで

ぐんぐん滑っている様に飛ぶ姿です。あれには感心します。

もう一つ凄いのはあのスピードの出る羽で

巣を作る時に民家の軒先に上手にホバリンク(空中停止)

出来る事です。非常に上手く羽を羽ばたかせるのが

見られます。日頃滑る様に飛んでいても結構羽ばたいているのが

ツベメの飛び方なのかも知れません。

最近はよくツバメが民家の軒先で巣を作っているのを

見かけるのですが、どのお家も下に糞を受ける箱など置いて

ツバメを大切にしているのが伝わってきます。

そう言う所が昔からの日本人の良い所だな〜と風は思います。

ツバメも日本人を昔から信頼しているのでしょう。
このページのトップへ

食料を求めて

青い形


食料自給率が40%を見事に割っている日本ですが

最近になってようやく農業を産業にするべく

目先の利いた企業が恐る恐る農業に参加してます。

自然が相手の商売ですからリスクがかなり高いのと

政府の規制が非常に多い(保護の名の下にガチガチに

規制して自由に物を作らせない仕組みと新規参入を防ぐ

仕組みが出来上がっている)ので規制は少しずつ緩和

されて来てもまだ自由度が低いので大規模に行なうには

難しいし、中小の企業が参加するまでにはかなり時間が

必要と思われるが、この先第一次産業は新しい局面を

迎えて花形産業に変身する可能性が大きい。

つまり自然へのリスクが高い事はそのリスクがこれから

高まって来て行く事を先取りして乗り越えた所が

成功を収める可能性が大だと思う。もちろん海外から

食料が年ごとに減って来るのは誰もが想像するところ

なので、国内の価格も上がるのは必然で食料品が

安い低価格の時代は過ぎ去ろうとしている。

ガソリンが90円の時代から180円になるとすると

倍だから食品も倍になる日は近いと思う。

今まで半分は捨てられていたと言われる食料は

多分捨てられる事も無くなるはずだと思う。
このページのトップへ

川の話し

バーのような並びの空間7


以前川の管理の話しを書いた記憶が有るのですが

その中で川の管理の分類を県境をまたぐ川を一級河川

またがない川を二級河川と書いた記憶が有るのですが

これは間違いと言う事が解りました。

仕事の関係で上空占用の申請を(ケーブル等が道路や

川の上を通る時に許可を得るため)していた時に

申請箇所が県になるか国に成るかでそう教えられていた

のをそのまま信じておりましたが、所が

川の中にも規模の大きな川は県境をまたがないでも

一級河川に指定されて国が管理しているのが有るそうです。

この度県境をまたがない一級河川の管理を国が都道府県に

移譲するというニュースでしりました。

一級河川の管理は国、二級河川の管理は都道府県は合って

いたのですが、河川の認定は違っていました。

ちなみに北海道には一級河川がいくつかありその他にも

静岡の大井川、秋田の雄物川などがそうです。

これからは管理も一級河川の管理は国、二級河川の管理は

都道府県では無くなってしまいますね。

まあ、一般の人には余り関係のない話しですが。

このページのトップへ

予想以上の大災害です

貝の形から8


中国の大地震は予想を遥かに上回る大災害になり

オリンピックの聖火リレーどころの騒ぎでは

無くなってしまいました。中国政府も世界も救援に

全力を上げているようですが、被害が余りにも甚大です

三十年から四十年おきに地震が発生する地域のようですが

地下の浅い所で直下におきると普通の建造物では

とても耐える力は有りません。耐震構造もそれほど

発達していない時代の建物が多かったのでしょうから

崩壊したビルに取り残された人も大勢いたのでしょう。

オリンピックに参加するしないとは別に困った時に

各国が助け合うのが人の道であり、日本はつい先頃

首相を迎えているのですから、隣国として全力で

可能な援助をしてもらいたいものです。

特に阪神淡路の経験もあり救助や復興には力になれる

はずですから、一刻を争う時に迅速に行動して欲しいと

思います。利害関係や経済協力等ではなく困った時に

頼りになるのが隣人であると風は思います。

このページのトップへ

大災害が続きますね

貝の形から4


ミャンマーのサイクロンから中国大地震と大災害が

続いています。こればかりは人が予想出来る範囲を

越えていてある日突然その災難が降り掛かってきます。

普通に生きている時には普通に自分の人生を考えて

生きていますが、予想を上回る不幸が起きた時に

否応無く人生を一度清算に追い込まれてしまうそう言う

人々が何万人何十万人とでることは不幸な事です。

何も起こらない当たり前の幸せを、こう言う他人の不幸に

より感じる事が出来る時に、人は考えないといけないのでしょう。

人生は自分が出来る都合の良い事ばかりではない

選ばれた訳では無いけれど自分ではどうしようもない事も

起こりうる。そんな時でも光を失わない為にはどうすれば良いか

普通の時にこそ考えておく必要が有ると思います。

このページのトップへ

あっと驚いた事

緑の世界3


大した事じゃなくて申し訳有りません。

驚いた事とは、それは、タンポポの姿です。

タンポポの花は黄色くて可愛らしいですよね。

形は一般的な皿形で花びらが回りについている。

しかし、例の種子を飛ばす時の形、綿毛が種子に

付いた時の形は球形になりますよね。あれは何故!?

タンポポのイメージは花のイメージもさることながら

あの種子を飛ばす丸い形がイメージに固定されているのです

しかし、何故丸い、他の植物であの形の変化を持つ物が

有るのだろうか、ひまわりは花の形は似ているが何故丸くならない

種を遠くに飛ばす為に綿毛を付けては納得しても良いけど

しかし、何故平たい姿を丸くするのか、扇型くらいではいけないのか

どうしても球なのか、、、不思議だ。

ギガンジュウムの様に花が最初から球形の物は納得出来るけれど

何故皿の形から球へタンポポは変化させるのか?

半円ぐらいのタンポポも有るのだろうか?
このページのトップへ

社会を見る時に注意する事

貝の形から6-2


風達が住んでいる今の社会は住みやすいのか

住み難いのか、歴史を振り返るとかなり良くなって

来ていると思われるけれど、これは時代に生きる

一人一人が感じる事と、社会の現実との両方で

成り立つと思う。例えば今の社会は凶悪な犯罪が

多いと思うかと問われると、何だか近頃凶悪な犯罪

が多発していて以前よりも治安が悪くなっていると

感じる人の方が多いと思う。が、しかし現実は

昭和30年代の方が今とは比べ物にならないほど

殺人事件は頻発していてほぼ倍発生している。

その後の人口増加を考えると今の発生率は以前の

4分の1まで落ちているのだが、現実に私たちが

感じる実感はそれとは真逆と思う、それは何故か?

一つには個の集合体の意識が変わって来たと言う事

三十年代は戦争という大量殺人の影響を色濃く残して

殺人を行なう者の意識とその発生を受ける個人の意識に

衝撃度が少なかった、平たく言うと十年前にそこに

日常的に死が待っていた記憶がそれを鈍らせていた。

が戦後60年大量死から遠ざかっている個人個人の意識は

殺人事件は非日常であり特異な物である意識が強い

同時に個人を尊ぶ意識の平準化で命の重さも

意識レベルで遥かに高くなって来たからでもある。


とここまで書いて、難しくなって来たので

閑話休題、本来の話しに戻すと日本の社会は

昔からそうだけれど、恐れと脅しでコントロール

仕様とする統治者が多い、集団社会そのものが

コントロールを脅迫行なう事を正当化している。

それは日本だけの話しでは無いけれど統治と言う

考え方がそれだから民主主義の自治では無い。

で、現代日本もよく見るとこの脅し、目には見えない

脅迫がかなり社会を住み難くしていると思う。

「そんな事をするとこうなるよ」と言う言葉に含まれるもの

それは何を使ってコントロールしようとしているのか。


一人一人が意識的にそこから逃れる必要が有る。

同時にその社会を変える意識も大切だ。

他人を制するパワーを尊いと思う意識は幼稚だ。

他人に制される事無く一人一人が自己を持ち

社会を構成出来る世界を望みたい。
このページのトップへ

急激な天気の変化に

貝の形から9


お天気の気まぐれには目が回りますね〜。

中国地方では夏日が続いていたところから

また三月末ぐらいに戻りそうです。でも

北海道などはもっと酷くて30度ぐらいまで

上がったかと思えばまた雪が降って冬に

逆戻りなって、4月5月は天候が不順になりやすいと

言ってもこれは振れが大き過ぎますね。

温暖化に因ってどうも天候の変動幅がもう一ランク

大きくなって来たのかもしれません。

ミャンマーのサイクロンもそうですが台風なども

その規模が大きめになりつつ有るのではと心配します。

気候の変化が動植物に大きな変化を与えているのが

各地で起こっているようです。南の動物や昆虫類魚類が

北上を始めて植物も目には写り難くても少しずつその

生活圏を移動し始めているのかもしれませんね。

さて、今日で今週も終わりです、休み明けからようやく

本調子になってきて、ここで一休み出来るのも良いかも

知れません来週は平常に戻れる事でしょう。
このページのトップへ

減量する為の一番目の基礎は何?

緑の世界1


風は減量を目指した事は無いのでこれはあまり

あてにはならないと思うけれど、減量するにも

大切なのは規則正しい生活じゃないだろうかと

思います。自分の体重をコントロールする為には

先ず生活を規則正しくコントロールする。

その為には大切なのは朝早めに規則正しく起きる

これが大切だと思う。朝早く起きる習慣は生活態度を

一変させて行動的になり、より食欲も増しますが

精神的にはコントロールが利きやすくなると思います。

減量する目的よりもさらに人生そのものが充実する

方向に向かう可能性が高くなるので、減量そのものに

苦痛を感じる事も少なくなると思います。つまり減量ばかり

考えるのではなく、その他の事に楽しみが持てる様になる

可能性は非常に高いと思います。ウオーキングをするのなら

朝、辺りが明るくなってからするのに適した季節になりました。

精神、健康、安全の為にも朝明るくなってからの

散歩を楽しんではどうでしょう。

もちろん人通りの多い所でね。近頃は物騒だから。

このページのトップへ

もったいないとは次元が違う様な気が?

バーのような並びの空間2-1


「食べ残しと手を付けなかった料理とは違う」

もう答弁が役人の良い逃れの域に達した

傀儡師のおばあさんですが、前からそうですが

そこには客に対するなんの心配りもないですね

高級料亭に足を運んでいた客全てを完全に

アホ扱いです。高級料亭をありがたがる客も

所詮ブランドに群がる若い女性と何もかわらない

良い物が解っているどころか、所詮この程度と

言い切っている様な態度ですな。


風は有る微妙な空気をここから感じます。もしかしたら

この事件の辺りから食べ物に関してのブランドは

崩れさってしまう方向に進む転換点なのかもしれない

食の安全と同じく、段々と食自体が危険領域に進みつつある

ブランドがあり選べると言う所から、兎に角口に入る物を

確保する事が先という次元への転がり始めに思えて来ました。

身直になればなるほど食は大切で大変な問題になる事は

解り切った事ですが、世界でその食で一番先に苦しむ国は

何処なのか、日本人は解っているのでしょうか?

傀儡師のおばあさんは鋭い眼光で「こんな事を言っている

時じゃないんだよふふふ解っているのかい」と警告して

いる様にも思えますが、、、
このページのトップへ

昨日の夕方

緑の世界の端4


昨日の夕方にゴールデンウイークに見たDVDを

返却に行きました。借りていたのは思ったほど

面白く無かったけれど。お店の年間人気順位の

高かった一つ前の人気作だった。映画館で見ていると

少し後悔したかもしれない、だからこう言う時は

レンタルで有り難いと思ってしまう。折角の

お休みに借りた物の全部が終わりがハッピーエンドではない

という変わった物だった。それだけに内容的に深い所を

探っていると考えても良かったかもしれない。

返却を済まして、本屋で本を数冊めくって、その後

外に出ると丁度七時半近く珍しく空を見上げると

空はウルトラマリーンに、暗くもあり明るくもあり

透明でもあり深く高く、向かいの五階建てのマンションの

五階の灯りが灯る部屋のオレンジ色がそれはそれは

美しくも温かくも暗い建物から浮かび上がり

ウルトラマリーンの空に映えていました。

少し歩いて西を見るとまだ夕方が残っていて茜色の

残りの雲が薄上がるい空の端にぼんやりと浮かんでいました。

長い休みも終わり明日からは日常に戻るんだと思った。

良い空だった。
このページのトップへ

ゴールデンウイークも終わりますね

黒と黄色1


全国で陶芸窯や炭焼き窯はたまたピザ窯など自分で

作ってやろうと考えている人が、その製作の参考に

なる様な情報を求めてインターネットで調べているうちに

風の所に迷い込む人も沢山おられるようです。

ご存知の様に風の計画は途中で大雪と資金不足で

窯作成は頓挫しているままです。がしかし、その作成計画は

微妙に進んでいて、近頃は真面目に労働に励んでいるお陰で

窯を造る資金も徐々にではありますが貯まりつつあります。

計画も従来の釜の設計を見直し、風らしく冒険して

ドーム型の窯を造る事に変更しました。現在購入している

耐火煉瓦にもう少し土台となる耐火煉瓦をましてから

ドームハウスと同じく基礎部分を耐火煉瓦で造り

その上は薄型のコンパネ等でドームを造り乗せてから

キャスターと耐火煉瓦、もしくは赤土(窯に適したもの)

などを使い上部をそれらを使いドームにしてしまい、その後に

コンパネの土台を焼き落として、ドーム円形の窯を

作成する計画に変更しようかと考えています。

唯、構造の関係から焚き口と煙道、煙突をどうするかを

陶芸釜と炭焼き釜との両立を考えて工夫する必要があります。

これはこれからまた十分に考えて行きたいと思います。

それにしても資金的時間的に、計画は来年以降になるとは

思いますが、少しは進んでいる事をお知らせします。
このページのトップへ

supernovaについてその六

光る円1


最初にsupernovaの歌詞を考えた時に
君を未熟な自我として思った事ですが
歌詞と言うのはなかなか一貫した解釈を
通すには無理が生じる場合が多いと思います
まあ、風が君を未熟な自我と捉えた所から
それに無理があるのだろうと思います。

そこで今度は君の解釈を変えて君を彼女にして見ると
どうなるのだろうか入れ替えて考えたのです。そうなると
恋愛の歌になってしまうのですから題の
supernovaの意味は恋の破局と言う事になるのでしょうか?

今度は一々歌詞は書かないけれど大まかに解釈して行くと

病気になった時に自分がここに居るってことがまた確かめられる
君の事ばかり思っている生活がそこにある
君を思い続けているも君の事を考えて来たけれど
何時か君を失った時に僕は君の大事さを知るのだろう
君が僕を必要とする時に僕が応えなければその時に
全てを失う様な事が他に起こるかもしれないし
君が僕を必要として求めて来た時に僕は君を
助けたのじゃなくて自分を愛しているからそうしたのかもしれない
君を失う事は自分自身の愛を失う事だと
そう思うから君を失う事をこんなに恐れて来たのかもしれない

誰かと話すと解る事は上手く気持ちを伝える言葉が
無いって事、そうして適当にあわせていると本当の気持ちが
伝えられるのは君しかいないと気付く事
君が僕のそばにいるってことを誰彼に言うのも
君が僕を愛してくれている事を感謝してその気持ちは
言葉にならないくらいなんだ

僕と君がこうして愛している時間の中で
本当の愛を本当の気持ちを通じ合える
堅い真実を掴みたい

こうして僕達は何年も付合って来たそこには
色々な事が起こり、二人の歴史が刻まれて来た
しかしそれも何時かは終わりがくると思う様になる
そうして僕たちは別れて懐かしい時間を思い出す
でも今思えばそれは間違っていた事なんだ
君を何時か忘れてしまうだろうと考えていたけれど
時が経っても残るのは君との思い出ばかりだった
世界には沢山の愛がありそこに様々な
人生が送られている。その思い出さえも
君の事があって始めて造られる
もう忘れてしまうほど遠くなった君との
思い出も失った全ても僕の心の中に今も消えないで
残っている

こうして僕らはまた新しい時を迎えて行く。

君を恋人にするとどうもこの恋愛は終わってしまう
事になってしまいますね。少なくとも恋愛の歌では
無さそうな気がしますが、歌詞の内容として
簡単に解りやすくなる気もします
解釈のこじつけが一段と酷くなったようですね。
このページのトップへ

supernovaについてその五

驚きの瞳1


人と話したりすると 
気付くんだ伝えたい言葉が無いって事
適当に合わせたりすると
解るんだ伝えたい気持ちだらけって事
                (supernova歌詞引用)

他人と話す時に自分の想いを言葉にできない
自分を表現出来ないそこに未熟な自分が存在して
それは他人と関わる事でより自分を知る事になる
そうして自分を表現出来ないまま他人の事を
受け入れている自分を見てみると本当は
いまここに居る本当の自分を知って欲しいと言う
気持ちでいっぱいでこうして話しを聞いている事が
分かる。


君の存在だって こうして伝え続けるけど
本当のありがとうは ありがとうじゃ足りないんだ
ラララ
                (supernova歌詞引用)

僕自身は未熟な自我を含めて
ここに居ると何時も伝えているけれど
それは僕の存在を認める事なのだから
僕自身がここに居る事はそれだけで
ありがとうと言えること
未熟な自我で居る事もありがとうを越えて
誰よりも僕が受け止める事なんだ


僕らの時計の中 一つだけでもいいから
本当を掴みたくて 本当を届けたくて
                (supernova歌詞引用)

僕たちが生きている人生の中で、どんな些細な事でも
構わないから、これが自分自身で自分とマッチした
自我なんだと探したい、そしてそれを自分として
自分以外の人に本当の自分なんだと伝えたい



歳を数えてみると気付くんだ 些細でも歴史を持っていた事
それとほぼ同時に解るんだ それにも終わりが来るって事
                (supernova歌詞引用)

小さな頃からの自分を振り返るとそこに
家族が有り友人があり社会があり色々な関係が
あり自分の自我が作られていた事
そうしてその事が、もう一度自分自身で自分を
作り上げて行こうとする時が訪れる事を教えてくれる


君の存在だって いつでも思い出せるけど
本当に欲しいのは 思い出じゃない今なんだ
                (supernova歌詞引用)

小さな頃の経験から自分がこうだったとか
あのときこうしたかったとかいろいろ
幼い自分を思い出す、本当の自分ではなかったと思う
でも今自分が求めるのは、今ここに存在する
自分自身、未熟ではない本当の自分なんだ


君を忘れた後で思い出すんだ君との歴史を持っていた事
君を失くした後で見つけ出すんだ君との出会いがあった事
                (supernova歌詞引用)

こうして僕自身を捜す事に彷徨った後で
その未熟な僕の自我が作り出した世界で
僕が歩いていた歴史を振り返る事が出来る
そうして僕が僕自身を釣り戻したと思える時に
そんな未熟な自我そのものも僕自身の道そのもの
だった事を


誰の存在だって 世界では取るに足らないけど
誰かの世界は それがあって造られる
                (supernova歌詞引用)

あまりにも世界に対して卑小だと嘆いていた
自分自身の存在が小さく意味がないと思い込んでいた
生きている意味すら分からなくなっていた自分の価値は
何処にあるのかと自分自身を求めていたけれど
世界はその無価値ににも思える人の存在が繋がって
作り上げているものだと、だからそこに居る事だけで
意味があるんだと


君の存在だって 何度も確かめはするけど
本当の存在は 居なくなってもここに居る
                (supernova歌詞引用)

自分の未熟な自我を認める事が出来て
他人の存在を認める事が出来て始めて自分の存在も
そうして全ての世界を作り上げる一部として
認める事が出来る。自分自身を認める事ができて
そこに世界が存在する事が認められる
そうして世界の流れが解り、その一部で有る事を
受け入れられる様に成長した自我はそこにある


僕らの時計は 止まらないで動くんだ
ラララ
                (supernova歌詞引用)

そうして何時も本当の自分であろうとする
自分自身を新たに産み出す勇気が
僕たちをまた前に進める、世界の中で
時は動き続ける。

何だか長くなったけれど途中の解説は省いて一応
歌詞の終わりまで未熟な自我が君で考えて見ました。
歌詞の解釈に君を未熟な自我にすると無理がある部分が
かなり出て来るのは否めませんね。
このページのトップへ

supernovaについてその四

僕らの歪んだ地球2



延べられた手を拒んだ その時に 
大きな地震が起こるかもしれない
延べられた手を守った その時に
守りたかったのは 自分かもしれない
                (supernova歌詞引用)

自分の未熟な自我を救おうといろいろな
世界から救いの手は延べられて来るのだけれど
未熟な自我は自分の世界に閉じこもりそれを拒否する
そんな時に全てを失わせることが起きるかもしれないし
未熟な自我を救うべく差し延べられたその手を
受け入れて世界自分を引き戻す事は
破滅の道を選ぶ自分を迷走する自我から
守りたかったのかもしれない

(この延べられたと言う表現も意味が深いと
自分に対して延べられている意味を
二つに解釈出来ると思うつまり場合に因っては
助けを求めていると助ける為にと反対に
受け取る事も可能だと
後半の守りたかったの表現から
相手が助けを求めていると受け取るのが
本来の意味かもしれないが、
supernovaの歌詞はこの二つの意味でと
二つの構成が大変多い)


君の存在だって もうずっと抱きしめてきたけど
本当は恐いから 離れられないだけなんだ
ラララ
                (supernova歌詞引用)

未熟な自我を自分自身として産まれた時から
守り続けて、それこそが自分だと疑わずに
抱きしめて来たのだけれど、それは自分自身が
作り上げたものだけじゃなくて誰かに因って
作り上げられたものでもあるのだけれど
それを全て捨てて新たな自分を新しい自我を
超新星の様に作りだす事は今までの自分を
全て否定するようで恐くて踏み出す事が出来ない
未熟な自我を手放す勇気を持てないんだ

(この部分の君も幾とおりにも考えられる
ただずっと抱きしめて来たけれどと
言う表現からすると人よりも心の中の自我
魂、命、などにする方がその後の
離れられないに合う様にも思える。)
このページのトップへ

supernovaについてその三

炎の街角独人


さて、いよいよ歌詞に入ります。

歌詞の解釈はこんな風に感じています。


熱が出たりすると 気付くんだ 僕には体があるって事
鼻が詰まったりすると 解るんだ 今まで呼吸をしていた事
                (supernova歌詞引用)

未熟な精神は肉体と一致する事なくその自我が大きくなり
本来なら肉体と一致してある事から離れその肉体すら
考えなくなるほど分離してしまう。自分の存在を精神に求め
現実から遠のいてしまう。そこに肉体の不調が起こると
その事で始めて精神は肉体の存在に支えられていることを
本当の事として実感できる。そうしてこの時間は今の時間で
過去から現在までの連綿としている時間ではなく
此処に有るという存在の時間だと

(この導入部で現実に起こる些細な事から自分が
ここに居る現実を上手く感じる表現が出来ていて
肉体を感じる事でさらに精神を感じるという
二重の意味が感じられるのではないかと風は
この導入を非常に上手いと思ってしまう。
意外な導入部であり誰もが共感しやすく
誰もが経験した事がある事なのに
裏の意味を深く考える事が出来る歌詞だと思う)


君の存在だって 何度もたしめはするけど
本当の大事さは 居なくなってから知るんだ
                (supernova歌詞引用)

こうして不確かな自分と言う自我を何度も
探し確かめる事を繰り返して行くのだけれど
これまで自分を支え続けた自分自身という
未熟な自我でさえ自分自身を失なう事をしることで
自分自身の自我の大切さを知る事になる。

(この部分でもう君が出て来て悩む事になるのだけれど
果たして君とは誰のことなのかこれは歌を聴くものが
それぞれに考える事として残されていて
何度も確かめる主体もここには表現されている
主体は素直に作者と思っても良いだろう。
ここで君を何にするかで歌の内容は違った物に
なって来る。最初の歌詞との違いはかなりあり
繋がっているのは存在というキーワードで
最初が自分の存在を肉体の変化でふと気が付く
と表しこんどはその君の存在を確かめるとなる
ここに存在と言う事が重要となる)
このページのトップへ

supernovaについてその二

魂の光の為に1


今朝はデーターベースエラーが出て更新出来ませんでした

今帰宅してようやくエラーも出なくなったので

昨日の続きを更新します。


星が一生を終える時に引き起こす大規模な

爆発現象。その言葉が超新星という終わりなのに

新たに大きな始まりを示す様な言葉。

そこに考えられる命、時間、自己、誕生、死、存在。


風がこの歌の中で特に注目しているのは

歌詞の中で歌われる「君」が何を意味して

いるかです。君を考える事でこの歌の意味が

色々に変わって来て、自分の解釈も動いて行くのが

良く分かります。歌全体に合う「君」は何か探ること

それこそが風がこの歌に引かれる事かも知れません。

最初に聞いた時に印象はこの「君」は未熟に

育った自我の事を言っているのではないかと

言うものでした。自分を形成する自我の未熟さ

その精神を新たに自分自身として再生し

自分と一致した精神と肉体と時間と存在が一致して

いる姿を現す言葉がsupernovaに相応しいのでは

思いながら聞いていました。
このページのトップへ

Search

Information

 風

Calendar

04月 « 2008年05月 » 06月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Categories

Links